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はがねオーケストラという文化侵略

どうでもいい話

色々と思うことがあったのでブログにでも書いておこうと思います。

因みに、この記事ははがねオーケストラがダメだ!みたいな話ではなく、今起きてるのはこういうことだよね…という話です、攻撃するような意図はありません。

 

はがねオーケストラのサービスが始まる前に先行試遊会に行っていた友人が、ツイッターに「コラボする意味が不明」と書き込まれまくっていた件に憤っていたのは記憶に新しく、自分も新たな可能性を潰すような風潮は良くないと強く賛同した覚えがあります。

そんな自分が今こんな記事を書いているのは、大きく分けて3つ、今まで問題が起きる火種になりそうだからユーザーがあまり触れないようにしていたのをあえて触れているということに興味を持ったからで、エントリ名もここに由来しています。

予め言っておくと、これはそういうことがダメというわけではなく、何か新しい流れの始まりなのかもなぁ…くらいな印象を持っています。常に文化は壊されたり治ったりして発展するものだと思いますからね。

 

まず1つ目が、Vocaloidとしての結月ゆかりという側面を完全に排除しているという点。これは以前からニコニコ静画のタグ付けなどても問題になっている話で、キャラクターとして結月ゆかりを扱う場合はかなり気を使う話だと思います。

ボカロとしての彼女とボイスロイドとしての彼女は性格もかなり異なっており(そこもまた楽しい所なのですが)、ボカロとしての彼女が好きなユーザー層にはちょっと受け入れがたいような感じのキャラ作りになっています。そのため、結月ゆかりの生みの親であるボカロマケッツでは、「あくまではがねオーケストラの結月ゆかりは二次創作の1つであり、皆さんはそれぞれの思うゆかりさんを楽しんでください」という公式見解的なものを出していましたね。

しかしながら、はがねオーケストラは商業ベースのゲームアプリでテレビアニメまでやって宣伝しているものです。これまでも実況から結月ゆかりに入ってきた人とは、なんとなく話が噛み合わなくて…みたいな古くから応援しているユーザー層もいましたし、今後そんな人達の肩身は余計に狭くなって行きそうだな、と個人的には思います。

 

2つ目は、実況動画コンテストにおいて再生数評価という概念を入れたこと。

はがねオーケストラ オモシロ動画募集キャンペーンという動画コンテストイベントでは、当初再生数による受賞部門がありました。(おそらくなんやかんやあって途中で削除された)

ニコニコ動画で再生数をもって評価するというのは、あまりよく思われていません。というのも、ニコニコにはユーザーフォロー機能があるので、下地があるユーザーは初動である程度の視聴が担保され、更にその結果、最も宣伝効果のあるランキングにも大体乗ることができてしまうためです。

また再生数至上主義的な話というのは、ユーザーとしてとてもデリケートな話題です。他ジャンルでもこの手の話をベースとして起きている問題は枚挙に暇がありませんし、ボイロ実況というくくりだけでも、多額広告によるランキング入りで他ジャンルを潰しているだとか、エロサムネやギリギリの下ネタで釣っているだとか、色々あります。

ただ、実はそんな中でもボイスロイド実況というジャンルは、大手新参問わず面白い動画やネタはお互い拾いあって楽しむという文化が根付いていたりと、再生数をあまり気にせず楽しく創作できる文化が根づきつつあると思っています。

(琴葉姉妹が発売された頃に似たようなコンテストがありましたが、選考基準は秘匿されていましたし、自分が運営している非実況動画祭も、優位性の概念は排除しています)

はがねオーケストラはある意味ニコニコ動画の公式のやり方に近い、再生数や知名度をもって評価するという概念をもって殴り込んできたという印象です。これは商業としては正しい反面、二次創作のあり方が今後大きく変わる話かなと思います。

 

3つ目は、中の人との結び付けです。中の人を(特に民安ともえさんと榊原ゆいさんですね)招いての生放送もそうですが、個人的に凄まじく破壊的だと感じたのは中の人に声優をやってもらった結月ゆかり 弦巻マキカードの実装です。

公式ではさらっと告知されていましたが、これはボカロでいうと初音ミクのキャラクターでPVと曲を作るけど、ボーカルは藤田咲さんだよ、みたいな話なわけです。

これはボイスロイドやボーカロイドとして声があり独立したキャラクターから、声優+記号としてのキャラクターに戻していく行為です。

以前に下田麻美さんが鏡音リンの有名曲をカバーしたPrismというアルバムがありましたが、その時はどういった反応だったのかなあ…と漠然と思ったりしました。

個人的には面白い試みで応援したいという反面、商業的キャラクター記号になってしまうことで今の面白いポジションが失われてしまうのではないか心配、といった印象です。

 

以上3つが、僕がはがオケは良き供給ではなく新たな文化をもたらす侵略者だな、と思った理由です。

今年は色々転機になりそうなことがありそうだなとワクワクしつつ、見守っていきたいと思います。